そいつ、は『異色』だった。


 いくら制服がない自由な高校とはいえ、甚平で入学式にくる一年生はいないし、流石県有数の進学校、というような顔つきの生徒が多いなか、やる気のないぼけっとした顔で立っているのも目を引いた。
 いや、それは正しくないかもしれない。
 なによりそいつを際立たせ、『異色』と思わせたるものは髪だった。
長さは普通。今時の高校生からしたら少し短いくらいの、スポーツが得意そうな所謂運動部のような髪型。さらさらとした髪質なのか、体育館にわずかに流れる風にそよぐその髪は、綺麗な・・・・緑色だった。
 俺、池 晴也は目の前にあるその頭を直視しようかどうか迷っていた。あともう少しで入学式が始まってしまう。今は微妙に横を向いて視線をそらしているが、式が始まったら嫌でも正面を向かなくてはいけなくなる。う、どうしよう。俺がいるのは後ろだからじっと見ていてもきっと前の緑男(グリーンマン)は気付かないんだろう。・・・でも、なんか・・・見ちゃいけない気がするんだよなぁ。
 なんで俺の近くなんだよ。顔を俯け、己の不幸さに嘆いていると不意に足元に影が出来る。

 「おい、」

 「は、はいい!!」

 肩を叩かれ、思わずびくりと跳びあがる。ちょ・・・変な声出た!!
 若干赤くなっているだろう頬の熱さにさらに恥ずかしくなりながら、そっと肩を叩いたその手の持ち主の方をみると、緑男(グリーンマン)がじっとこちらをみていた。

 「な、なに?」

 「あー・・・」

 もしかして刺さる視線に耐えきれなくて髪の毛のこととか、服装のこととか、なんか・・・言うのか?言い訳とか期待してないけど、その髪色にどうして染めたのかが非常に気になる俺は思わずこくりと喉を鳴らしてしまう。

 「俺の・・・服、どう?」

 「へぁ?」

 なんだか照れたように緑の頭を掻きながら緑男(グリーンマン)が言う。・・・服?え?服、どう?って・・・。
 「い、いいんじゃない?」
 「そ、そうか・・・?あ、おまえのネクタイも大丈夫だから。」
 さんきゅ、と小さく呟き、振り向いたときと同様にさっと前を向いてしまう。
 な、な、な、何だ今の!!ネクタイ?え?つーかしゃべっちゃったよ!俺、緑男(グリーンマン)としゃべっちゃったよ!!バクバクと忙しない心臓がやかましい。俺よりも少し高い位置にある緑をそっと見つめながら、いつの間にか始まっていた入学式を俺は浮ついた気持ちでふわふわと過ごすのだった。



 「え、お前、克次としゃべったの!?」

 「克次?」

 「甚平男だよ!」

 入学式が終わり、いそいそと新しいカバンにプリントを詰めていると、同じ中学だった御田(みた)が駆け寄って来た。御田とは中学のとき部活も一緒で、一番親しかった友人だ。そんな御田に入学式の出来事を話すと、やけにキラキラした目でこちらを見てきた。なんだこいつ。

 「克次っていうのか?」

 「あ・・・うん、そう。」

 へぇ、と思いつつ御田を見ると、なぜかしまった、と後悔するような顔をしていた。さっきのキラキラした目はどこいった。お前の目がガンプラ以外で輝くのを俺は始めてみたぞ。

 「どうしたんだよ。」

 「いやぁ、なんでも」

 なーいよー・・・と無駄に言葉を伸ばしながら、逃げるように去ろうとする御田の首根っこをわしっと掴む。俺、握力には自信があるんだぜ。・・・足は遅いけど。

 「なに逃げようとしてるんだよ。」

 「・・・男には、色々な事情があるものだよ、ワトソンくん。」

 「誰がワトソンだ。」

 まぁまぁ、いいじゃなーいと誤魔化す御田から手を離す。こうなるとこいつは絶対話さない。まぁ、こういう秘密とかをぺらぺらしゃべらないところが良いところだしな、こいつの。

 「わかったわかった、もういいよ」

 「Oh、なんていい青年に育ったんだ!!お父さん鼻がたかいよ!」

 「お前はいつから俺の親父になったんだよ」

 「ん?さっき!」

 あはははーっと一人楽しげに笑う御田に苦笑いが零れる。・・・いまはこいつに聞かなくても良い。まだまだ時間はあるんだ。こいつが口をわらないないなら、本人から攻めていくのみ!!気分はさながら城落としを目論む戦国武将だ。



 土日を挟んだ次の登校日、俺は以上に早く学校についてしまっていた。寝過ごしたの反対ってなんだ?「早起きしちゃった☆てへv」ってか?うげ、気持ちわるっ。自分の想像に気分を悪くしながら、勢いよく教室のドアを開けた---------って、うおぉ!?

 「・・・うす、」

 「お、おおおおおはよう!!」

 な、なんでいんの!?びっくりしたぁ!!誰もいないと思っていた教室に緑男が・・・っと、違う違う、克次・・・くん?が静かに自分の席で勉強していた。
 おおおおまたしゃべってしまった!と思いながら克次くんの後ろの席に腰を下ろす。


出席番号順の席、ということは。俺の名前は池、とすると・・・。

 「あ、のさ・・・」

 興味心から、そっと後ろから声をかけてみる。振り向いてくれなかったらどうしよう、シカトか?うわーそしたら俺、気まずっ!と余計な思考をぐるぐる回していたが、案外あっさりと目の前の緑の頭は振り返った。

 「・・・なに?」

 「・・・名前、教えてくんね?」

 ちょっと驚いたような顔をしたあと、まじまじと俺の顔を見つめる。
 うわー、なんだろ、超恥ずかしい。

 「吾潟 克次」

 あがた・・・って字は安形でいいのかな、と思っていると、おもむろに克次くんは俺の机にシャーペンでさらさらと何かを書き始めた。

 「漢字、こうな。」

 薄い筆圧で綺麗に書かれた4文字に少し驚いた。なんか、すごく優しいやつなのかな。
 お前は?というようにこちらを伺う瞳に口を開き、自分のつまらない名前を言う。

 「へぇ・・・」

 「あー、うん。よろしく。」

 おう、と言うとまた入学式の時のようにさっさと前を向いてまた勉強を始めてしまう。少し惜しくなって、うっとうしく感じないような大きさの声を心がけてまた話しかけてみた。
 「吾潟、くんはさ、」

 「吾潟、でいい。俺も池って呼ぶし。」

 「あ、そう?」

 かりかりと手元を動かしながら吾潟はいう。そっと見つめる頭は緑だ。あー気になる、どうやって、てか、緑に染めることって出来るんだな。すげぇ。ちょっと感心していると、吾潟のシャーペンが動く音がとまる。

 「俺、実は頭の後ろに目があるんだ。」

 「うぇ!?」

 「嘘だ、」

 「な、なに言ってんだよ・・・」

 びっくりしたぁ、と多少大げさにイキを吐き出すと、苦笑いをした吾潟が振り向く。

 「でも、視線には敏感なんだ、俺」

 「あ、」

 どきり、とした。見てたのがバレてびっくりしたのではなく、なんだか疲れたようなその苦笑いに、だ。

 「・・・これ、気になんだろ?」

 つん、と自分の短い髪をつまみながら吾潟はまた疲れたように笑う。なにも言えない俺を気にせず吾潟はひとり話し始める。

 「これ、地毛なんだ。」

 「え?」

 「てか、俺もよくわかんないんだけどよ。気づいた時には緑だったっていうか・・・」

 なんでだろうなぁ、と呟く吾潟を見てるのがなんだか苦しくて、その緑の頭を平手で叩いた。

 「いてっ!なんだよ!」

 「うるさい。」

 「うるさいって・・・」

 「俺はそんなん気にしてねーの!余計なこと言うな!」

   「う、嘘つけ!入学式の時も見てただろ!」

 「うわ、あのときも気付いてたのかよ!」

 「ほらみろ!見てたじゃねーか!」

 「違う!俺は遠くの緑を見てたんだ!」

 「なんだそれ!」

 「目が疲れたときは遠くの緑を見ろっていうだろーが!!」

 「俺の頭は近いだろーが!」

 「近くのも効くかもしれないだろ!」

 「んなの効かねーよ!」

 「やってみないとわからんだろ!俺はそういう探求心を忘れない永遠の少年なんだ!」

 「何が永遠の少年だ!」

 「少年よ大志を抱け!!」

 「意味わからん!!」

 はぁはぁ、と無駄に熱くケンカだかなんだかわからない言い合いをして、バン、と机を叩く。

 「いいか、お前なんかただの甚平男だ、頭が奇抜な色だからって調子に乗るなよ。俺は頭の中が奇抜なんだ!俺の方がすごい!!」

 椅子から立ち上がり、ふん、と吾潟を見下ろすと、吾潟はしばしぽかんとしたあと、盛大に笑い始めた。そのぐしゃぐしゃに歪んだ顔からはさっきまでの苦さとか痛さとかがすっかり消えていて、思わずこちらの頬も緩む。

 「お前、バカだな。」

 「お前もな。」

 俺たちは目を見合わせ、にやりと笑いあった。



   「おっはーよーい!」

 違うクラスの癖に御田が俺のクラスに登校してきた。

 「お前のクラスはあっちだろ」

 「いやーん、池、つめたーい」

 けらけらと笑いながら御田は吾潟の肩に寄りかかる。

 「あ?お前、なによりかかって・・・」

 「おっはー!かっちゃん!」

 「おう、おはよ」

 いえーい、かっちゃん男前!とバシバシ頭を叩く御田に俺は目を疑う。

 「昨日はいわなかったけどー、かっちゃんって俺の従兄弟なんだよねー。」

 「はぁ!?」

 俺たち、小さい頃からの付き合いなんだぜ、と胸を張る御田を呆れた様に見つめる吾潟の目はお父さんのソレだ。

 「・・・うん、よかったぁ。やっぱり池は良い奴だねー。」

 にこにこと御田は笑い、吾潟はそっと目をそらした。

 「ごめんねー、池のこと信じたかったけど、油断は出来ないからさぁ」

 「・・・どういう・・」

 「ん−?・・・いくら親友とはいえども、」

 かっちゃんを傷つけるようなら容赦しないからー、とにこにこした顔でいう御田は正直怖い。そんな御田を吾潟が申し訳なさそうに見ていて、今まで吾潟がどんなふうに過ごしてきたかが垣間見えてしまった気がする。

 「・・・あんま、みくびんなよ。」

 「・・そうだよね、」

 ごめんね、と眉を下げて笑うと、御田は今までの空気を払拭するように今度は俺の肩を叩いてくる。

 「よーし、今日の帰りは三人でミスドだな!」

 「やだよ、マックにしろ」

 「・・・ミスド行く。」

 えぇ!?と驚いて吾潟を見つめると、何か問題でも?というようなしらっとした顔で見られて思わずぐっと詰まった。

 「だって、甘いじゃんよ。」

 「「だからいくんじゃーん(だろ)」」

 「げ、お前らもしかしなくても甘党かよ!」

 「ご名答!名探偵IKE☆さっすがぁ!」

 「うぜぇぇぇ」

「そいつは元々うざい。」

 「あぁ、それもそうだな。」

 「ちょ、ひどっ!俺泣いちゃうよ!」

 だって、男の子だもんっ!と少女漫画並みにキラキラしている御田を教室から蹴り出す。

 「はいはい、自分の世界に帰れ。」

 「じゃーな、」

 くっそぉ、じゃーねーかっちゃん!池なんかどぶに落ちちまえぇぇ!!と無駄に大きな声で騒ぎながら、御田は走り去っていった。遠目に生活指導の先生に廊下を走るな!と小学生みたいなことをしかられているのが見えて、俺は吾潟と二人、爆笑した。

 「・・・池、」

 「ん?」

 ひーひーと喉から掠れた声が上がるが笑いは止まらない。ちょっと照れくさそうな吾潟は緩む笑顔のまま俺に言う。

 「・・・ありがとな、」

 「・・・ん。」

 ふたりでなんだか気恥ずかしくなって、思い切り背中をたたき合う。



   今はこれで十分だ。



                                  END





おまけ

 「なぁ、お前ってなんで甚平なの。」

 「俺の家、洋服ねぇんだよ。」

 「はぁ!?なんで!?」

 「知らねぇよ、親が和服しか買わねぇんだよ。」

 「自分で買えばいいだろ。」

 「・・・いや、もう慣れたし。」

 「え、中学は?」

 「小中高とずっと私服学校だ。」

 「私服中学とかあんのかよ!」

 「探しまわったんだぜ、バカだよな。」

 「バカだ、それはバカだ。」

 「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん☆」

 「・・・バカが来たぞ。」

 「自覚してるバカだ、厄介だな。」

 「何とでもいいたまえ。私は池くんに新たな情報を教えに来たのだ!」

 「・・・なんだよ」

 「・・・・。」

 「ふっふっふっ、聞いて驚け、こんなに和服しか着させてもらえない家庭だが、家は立派な洋式なんだぜ!!」

 「・・・へぇ、」

 「まぁ、確かにな。」

 「なんだよー、池、反応うっす!!」

 「や、別に驚くコトじゃないだろ」

 「ああ、ただの洋式のふつうの家だ。床がフローリングなだけだ。」

 「なんだよー、せっかく写真も撮ってきたのに。」

 「あ、どうせならみせろよ。」

 「見ても面白くねぇよ。」

 「どどーん!コレが吾潟克次の家だ!!」

 「・・・・・は、」

 「な、普通だろ。」

 「ど、どこがだよ!!何コレ、家!?てか、城だろ、むしろ!!」

 「あれ、池気付いてなかったの?」

 「は?なにに!?」

 「かっちゃんは吾潟グループの次男さんだよ?」

 「あ、言ってなかった」

 「あ、あ、あ、吾潟・・・・吾潟製菓、吾潟製薬・・・あの吾潟・・・?」

 「ああ、そうだな。」

 「今はかっちゃんのお兄ちゃんが社長さんなんだよー」

 「兄貴すげぇよな。」

 「・・・・こんなの・・・・信じねぇ・・・・」