考え事なんて似合わ  



汗をかいた足裏は、ぺたぺたと音を立てる。

最悪だと心の中で呟きながら、ある人に呼ばれた部屋へと向かう。

敷地の中には誰も居ないのか外の蝉の声ばかり聞こえてくる。

夏真っ只中、汗は一向に止まらずつぅっと背中を流れ不快感を一層ます。

行きたくない部屋にどんどんと近づいていく。

不快感と共にストレスが増えて行く。

とうとう着いてしまった部屋の障子の前で止まり、中に居る人物に許可を取る。

「廉造です。入って宜しいでしょうか。」

出来るだけ声のトーンを落とす。

「おん」

承諾が落り、中に居る人物に聞こえぬ様に溜息を吐き、音が出来るだけ出ぬよう障子を開ける。

「遅い」

「申し訳ありません」

自分を呼んだ、人物から適度な距離を取り座る。

イラつく心を抑えようと大きく息を吸えば、畳の匂いが肺を満たす。

「それで、何で呼ばれたんでしょか?」

ジッとこちらを見つめている、相手を促す。

静かな部屋に衣擦れの音と蝉の声、二つの呼吸をする音が支配する。

何処か張り詰めたそこは、自分自身を押しつぶし殺そうとしているのではないのかと疑いたくなるほど。

「そない緊張すんなや。気ぃ抜き」

そんな事言われても肩の力等一向に、抜ける気配はない。

相手はそれをみて、諦めたように話し始める。

「お前を呼んだんは、坊に付いてや」

何と無くは分かっていた。

だが、こんな人払いをしてまで話す事でもあるのだろうか。

「お前は気づいてるんやろ。坊がお前が好きな事」

何だろうと考えて居た事が頭から抜け出し、真っ白になる。

「それがどないしたんですか?」

特に気には、していた。

自分も坊が好きな事は分かってる。

自分と坊が同じ思いで、両想いなのは分かっているのだが後一歩が踏み出せずにいた。

「わかってるやろ、この先坊は明陀の大切なお人や」

ずっと言われてきた事がまた言われる。

「おん」

何時もどうりに出したと思った声は、驚くほどしおらしくどれだけ動揺しているのかわかった。

「そんなんわかっとる。小さいころから言われとったから」

反抗するように言い返す。

「なら、ええんや。坊には後取りを残してもらわあかん」

苦しそうに言葉を吐く相手は、一息置いて言葉を続ける。

「和尚は好きにせぇ言うとるが、皆は坊に継いでもらいたいんや。だから、」

わかるやとと慰める様に、言い聞かせるように。

「わかっとる、そん位の事。」

「おん。ならえぇ。これからお前は正十字学園に行くんや、かた付けて来ぃ。三年間自由に過ごせ」

たったそれだけで、理解した。

どれだけ自分に、坊に酷い事なので在ろうと言うのだろうか。

「もう、ええぞ戻って」

返事をせず、静かに自分に当てられた部屋に戻って行く。

「たった三年か」

呟いた声は、何処か他人の様に聞こえた。

答えを出すのは、自分。

それが間違った答えで在ろうと今の自分では、正しいかさえも分からない。

正しいかなんて、今は必要ない。





カコカコと携帯をいじりながら、幼馴染の二人の居る教室へ足を向ける。

志摩は、じゃーねと挨拶をしてくる他の生徒に携帯から顔を上げ返す。

「志摩明日も続きやろーぜ」

「わかったわ」

「おう!じゃーな」

「じゃーな」

軽く手を振り、また携帯へと視線を戻す。

先程幼馴染と言ったが片方は自分の恋人である。

手の中にある携帯は電池の疲労が酷くなってきており、新しいバッテリーにするかそれとも新しい携帯にしようかと思うが金が無い。

アルバイトでもしようか。

でも、今アルバイトしようと思ったが、坊に反対されて覚えを思い出した。

「坊、子猫さーん」

「おー、今行く」

「志摩さん、待っとって下さい」

二人の返事を聞き、携帯を使い古したナイロンのLevi‘sのスクールバッグに入れる。

メインルームには教科書など殆ど入っておらず、入っている本と言えばエロ本ばかり入っている。

ポケットに入っているipodをいじり容量いっぱいに入っている曲の中から気にいっているRADWIMPSのDADAを選曲し、首にかけて居るATH-SQ505RDを耳に装着する。

外の音を遮断されたそこで物を考える。

と思っていたが、考える事が無い。

そんな自分に悲しみつつ、坊と子猫さんを目で追う。

バチリと坊と目が合い、準備が終わったのだろうかこちらに歩き隣に立った。

隣に立ったと同時にヘッドフォンを取る。

「何聞いとるんや?」

「RADのDADAです」

ipodの曲を見せつつ、説明する。

「子猫さんにまた新しい曲取ってもらおー思てるんです」

「そか、俺も後で頼むか」

色違いのipodを二人で弄っていれば、子猫さんの声が聞こえ顔を上げる。

「子猫さんまた新しい曲入れて下さい。CDも新しいのあるんで、そちらも」

「俺もやってくれ」

「わかりました」

「邪魔になって来ましたし、帰りましょか」



たったこれだけ。

高校に入ってから付き合い始めてからも、ただただ一緒に隣を歩くだけでとよかった。

心を満たされる。

でも、心の奥は痛む、なんて。

幸せなのに、幸せなのに向けが痛いのは何で?

何時ものように会話をするだけ。

「坊、どないされました?」

「また、そないの読んで…」

「これは俺のバイブルなんです!それに坊は読まんのですかー?」

「…読む…てか、今はお前がいるやろ…」

ああ痛いんだ。

自分は坊を裏切っている様で仕方が無いんだ。

「坊…恥ずいです」

幸せだけど、痛いんだ。

そんな幸せな顔しないで。

手が触れるだけでも、幸せなのに。

「…志摩」

今の時間を確かめながら、一つ一つ大切にしてるのに。

虚しくて仕方無いんだ。

傷口は多くなって、深く抉られて行くんだ。

愛してる、幸せなのに、なのに

何でだろう



久しぶりに帰って来た今日とは前と変わらず、蒸し暑く蝉の声が煩くて仕方が無い。

「いややわ」

Vネックの首元をパタパタと動かし、空気を送り込む。

パタパタと空気を送り込むが全く入ってこない。

「やめぇや、志摩」

ガッと手を掴まれ、掴んだ相手を見つめる。

「何でんすの、坊?」

「誘っとるようにしか見えん」

その一言に顔をニヤリと歪める。

「坊のへんたーい」

「うっさいわボケ」

バシッと頭を叩かれた。

「恋人に酷いですわー」

何てやり取りをしながら志摩家へ足を向けた。



扇風機のみ動いている部屋は、外より暑いのではないかと思うほど暑い。

その部屋いは一人しかいない為、首振りをせず自分のみに当て体感温度を下げ涼んでいる。

「扇風機一人占めしてんな」

スパーンといい音を立て障子の方を見れば、Tシャツに短パンと何時もとは違うラフな格好をした金造が入って来きた。

「別にええやろ、一人なんやから」

入って来たのを無視し、手元のエロ本へ視線を戻し読み始める。

「首回せ、首」

一人で呟き、扇風機の首を回す。

「廉造最近どうや」

「いきなりなんや」

何処か真剣みのある声で問われ、、不思議に思い質問を返す。

「いいから」

「最近…かわええ女の子三人にメアド聞けたんと、任務で海行ったんやけど水着のお姉さんを軟派できんかった…」

何時ものヘラヘラとした感じに喋って、金造の方を見る。

「な…何?そない真剣な顔してキモイわぁ」

「お前、坊とどうなってん?」

「坊と…」

答えに詰まり、笑顔が引きつってしまう。

「坊が出てくるんや?」

「坊と付き合ってるんやろ」

確信した様に聞いて来る。

「どないして知ってるん?」

「バレバレやわ。昔から皆知っとったわ」

その一言に昔の自分を振り返ってみるが、それほど分かりやすい態度や雰囲気を出してた覚えはないが他人から見ればそう見えて居たのだろう。

「そない分かりやすかったんかぁ…」

適当な反応をしていると金造は指で机を叩き、いらつきを露わにしている。

「さっさと答えろや」

「そんな脅さんと居てや、てか言うゆうたって何えばいいんや」

「デート行ったとか」

何でそんな事言わないといけないんだ。

「いいから言えや」

「最近はデートは行ってないなぁ。寮ん中でボーッとしてるとか」

その一言に金造は不満そうに顔を歪める。

「それでええんか?」

「は?」

「お前、高校卒業したらわかれるんやろ?」

どうして知ってるんだ?

「なら、この三年間坊と向き合わんといけんとちゃうんか?」

「ちゃんと向き合ってる」

「向き合っておらんがな。お前のエゴだけで坊を振り回すな」

そんな事、そんな事…自分は

「お前のその様子だと言って無いんだろ、この三年間で自分達の心に蹴りを付けようとしてる事」

「言えるはず、ないやんか」

付き始めてすぐには言えなかった。

幸せな顔を曇らせたくなかったんだって。

「ズルズルそんな気持ちでつきあるんか?苦い思い出が残るだけやろ」

「せやかて」

「この三年で蹴りを付ける為に付き合ってるやろ。蹴り付けるんやったらきちんと自分の気持ちぶつけえて話し合えや。辛いんはお前だけや無いんで」

わかってるんだ、この事を言わなければ坊に酷い事をする事もわかってる。

ただ、この付き合って蹴りを付けると言う事もどうしてもしたくは無かった。

「分かってる!分かってるんや。でも!」

「でもや無いやろ。お前、自分の事坊に何一つ言っとらんやろ」

「言ってへんよ。分かれる事前提で告白して付き合ったのも、どんな気持ちなのかも」

「話せ。ゆっくり分かりあうまできちんときちんと」

金造は音もなく立ち上がり出て行く。

ズルズルと引きのばせば、辛くなるのは分かってるんだ。

「志摩」

「っ!!」

金造が出て行ってすぐ勝呂が入れ換わりに入ってくる。

「何、ですか坊?」

「志摩本当なんか?」

「何がです?」

勝呂が居る方には振り返らず、質問に質問返しをしていればいらついた様に肩を掴み乱暴に目を合わせてくる。

「っ!!!」

「金造と話してた事は本当なんか!!」

真剣な目に吸い込まれそうになりながら取りつくろう。

「何にそんな怒っとるんですか?」

「当り前ややろ!お前そんな事思っとったんか!!」

「そりゃ、そうでしょ。別れんといけないんは目に見えてますやろ。坊は後取り、俺は志摩家の五男坊」

カッと開いた目には悲しみ怒り…

「わかっとる!でもなそんなんどうにだってなるやろ!!どうして相談に来なかったんか!!」

「当り前や無いですか!どうにもならんじゃないですか!夢を追っている坊の妨げになる。明陀の未来や周りの人の希望を潰してしまうんですよ!」

「んな事どうでもええねん!お前と一緒に居られれば!周りが反対したらお前と駆け落ちする覚悟だってあんねん!サタンだって奥村達にまかせればええやろ」

「せやかて…」

ずっと握られている腕は痛くて、どれだけ怒っているのかが伝わってくる。

ズキズキと痛む傷は喜びに変わっているなんて。

「こんな五男坊の為に大切な坊を」

「俺は明陀の跡取りとして、お前と話してるんとちゃう!勝呂竜士として、志摩廉造に話してるんや!お前と俺の話なんや。明陀何か関係あらへん!!」

「明陀の皆さんが」

「明陀、明陀煩いねん!誰にそんな事ふきこまれたか知らんがそんな事いいんや!跡取りの問題やったら養子をとればええやろ!」

「…くっ」

ボタリと自分の足に涙が落ちた。

「寺を立て直したあとやってどうだってええんや。後取りかて柔造だってええんや。そんな心配すんな。何かあった時の為に八百造達にはちゃんと言ってる。味方は沢山居るんや」

「じゃ、俺が考えてきた事はただの空回りって事ですか」

抱き寄せられれば、勝呂の香りと体温に包み込まれる。

「頼れ。そして、素のお前で俺に向かって来い」

俺を落ちかせるように背中を摩る。

「自分の事二の舞にせず、体を大切にしてくれ」

「おん、坊おかんみたいです」

「馬鹿か…愛してる、廉造」

「はい」