小さ小さ  



「志摩ー居るかー?」

祓魔塾の教室内に入って来た燐は、すぐさま志摩を呼んだ。

「志摩ならおらんぞ」

その一言にも顔色を変えず聞き返してくる。

「何処に居るか知らね?」

「何処、どすか。中学の時の子がこっちに来たから迎えに来て欲しい言うてはったから、駅に居るんとちゃいますか?」

「そっか、有難う子猫丸。そんなら夜には帰ってくるだろ」

燐の言葉に勝呂は口を開く。

「志摩は帰ってこんぞ」

「何でだ?」

「何でって…」

「迎えに行った子昔のあれですからねぇ」

少し言葉を言うのを渋った勝呂と子猫丸の発言に頭を捻った。

「アレ?」

昔何があったのか知らない燐は、幼馴染のこの二人に聞くが答えくれない。

「何で教えてくんねーんだよ!」

「奥村君がそないなに知りたいゆうんなら言いますけど、あんまええ気はしませんね」

「あぁ。迎えに行った子は中学の時のセフレそやしな。どうせこれから、遅くなるんでどうにかして下さい。ってメールが、来るんやろうな。」

勝呂と子猫丸は大きく溜息をつき、疲れた顔になる。

「セ…セフレ…」

一方、燐はと言うと顔を真っ赤にしている。

「志摩君は、中学の時からそういう関係が多かったんですか?」

「うおっ、雪男いきなり現れんなよ」

三人はいきなり現れた雪男に驚き見つめる。

「酷いですね、奥村君。さっきから居たんですけどね。で、勝呂君」

「どうしてそないなことが知りたいんどすか?」

「任務の時、たまに女の人と歩いてるのを見るんですよ。それに興味が湧いた。ってだけですよ」

納得するがさすがに人のセックスレスに関わる様な事をあまり喋りたくない。

志摩本人が居れば、志摩本人が躊躇いもなく笑い話の様に喋るだろう。

「あいつが帰って来てからの方がええんやないとちゃいます?」

「それだとはぐらかされてしまって駄目だったんですよ」

だからです。と脅すような笑顔を向けられてしまう。

「そういう関係を聞いたのは、中一頃やったか子猫丸?」

「ええ、一年の二学期始まりに聞きましたな。夏休み直後ですね」

「夏休み何やあったんやろうな」

勝呂はいつも以上に眉間にしわを寄せ考える。

「それから。良く教室に女子がよく来るようになったり、土日朝帰りとかぎょうさんなったのは」

そう言えばこういう事もありましたねと思い出したのか喋り出す。





行き良い良く開かれた扉は教室の中に居る生徒はさほど気に留めなかった。

それは束の間

「廉!」

行き良い良く扉を開けた本人がヒステリックに呑まれたまま声を上げたため、騒がしかった子教室内が一気に静まり返り声を出した本人へと向けられる。

視線を向けられた本人は視線などものともせず名前の主へと近づく。

静まり返った教室は異様な雰囲気だ。

名前の主はそんな事に気が付かず、机に突っ伏して寝て居る。

「ちょっと聞いてる!?」

ガッと頭を鷲掴み起こす。

「イッ!何すんねん!」

乱暴に起こした相手を睨みつけるが、それが自分の知り合いだと分かり笑顔を作る。

「どないしたんですか?」

「どうしたもこうしたものないわよ!!あんた最低よ!」

志摩はポカンとし、目の前に立つ相手を見つめる。

「え?俺がどないしたんです?」

「昨日女と歩いてたでしょ!!」

少し考え込み思い出したのか、あっと声を上げる。

「あれ、ですか」

困ったと顔を歪ませる。

「二股かけてたのね!!」

「ちゃいますよ、あれは…」

「最低!」

手を振りあげる。

未だに静まりかえる教室にバチンと音が響き渡る。

「あんたなんか知らない!」

ビンタをしてすっきりしたのか、教室から出て行く。

「やってもた」

憂鬱そうに溜息をつく志摩は、何処となく色香が出てくる。

「おい、志摩」

「何ですか、坊?」

「お前またやったんか」

「またて。ただ、女友達と歩いてる所見ただけやのに浮気だー何だー言うお人は面倒なんで、まぁ良かったですけど」

色香が無くなり、何時もの志摩へと戻ってしまう。

「友達だって言う方だって…」

「そうです、子猫丸さん」

何処か気だるそうな志摩は、笑顔を作ったまま二人に対峙する。

「どうにかならんのか」

「どうにかって…どうにもならんと思います」

教室はざわめきを戻し、時間が動き出す。

志摩は自分に向ける勝呂の視線に居心地悪そうに笑った。





なんて、事ありましたね」

子猫丸は、呆れた顔しかない。

「どない言っても直らんしな。でも、こっち来てからは減ったな」

「さすがにそんな余裕が無い言うてはりましたよ。前は柔造さんが居たからどうにかなっとったみたいですけど」

「あない奴でもきちんとやっとったからな」

勝呂は感心した様にでも、何処かいらついた様に言った。

「今はたまに坊と僕に聞いて来はりますけど、他にも誰かに聞いているんやろか?」

「それなら僕の処に来ますよ」

誰も居ない時ですがと付け加える。

「さよか」

眉間に寄っていたしわがいっそう深くなる。

だれかの携帯のバイブが鳴り、各々が携帯を確かめる。

「志摩さんからです。今日は帰らんそうです」

子猫丸はすぐさま返事を打ち、携帯を仕舞う。

「俺達も帰ろか」

「はい」

勝呂は子猫丸を従え、立ち上がる。

「奥村、志摩に用があるんなら俺が伝えとこか?」

「すぐにって、訳じゃねーからいいや」

「おん。じゃーな」

教室を出れば、ムワッとした空気が体を包み込みジワリと汗が出てくる。

遠くの方からは、志摩の嫌いな蝉の声が聞こえてくる。

毎年虫に悩まされるなと今までの事を思い出す。

「今年も志摩さん大丈夫ですかね」

「蚊位馴れろと思うんやけどな。虫刺されの後を見つけるたびに大騒ぎされてはかなわん」

虫刺されではないかと指摘した中には、キスマークがあったりとした。

キスマークを見たりする度、心が重く沈み黒い物が湧きあがった。

「あいつはどうしてこうなってしもたんやろな」

自分の気持ちに気付いた時から、この今の状態を保つにはどうしたらいいのだろう。

でも、幼馴染からの脱却し、恋人と言うあいつの特別な人になりたい。

それからだ。

自分が気持ちに気づいてから、あいつは女の影が多くなった。

「志摩さんは柔造さんと金造さんの弟ですからね。普通にしてても周りには女の子が集まってきますしね」

気にもしてなかったあいつの女関係を気にするようになった。

嫉妬をする自分が女々しくて仕方が無かった。

「子猫丸」

「何ですか?」

「アイス買って帰ろうか」

「ええですね」

気づかなければよかった。





気づいたのは中学一年になって、夏休みに入る前。

盆地特有の暑さに茹だりながら、頭の中はプールだ、海だ、花火だ!と夏の風物詩に浮かれていなかった。

自分に向けられる視線が変わった事。

どうしてそれに気づいてしまったのだろうか。

「久しぶりやな」

「久しぶり」

目の前に来た中学の時の知り合いの荷物を持つ。

悩んで答えを出せなかった、あの時に頼ったのは目の前に居る人だ。

友達、幼馴染に向ける視線ではないのに気づいて、その視線にある気持ちについて考えているうちに自分の気持ちが見えてきた。

自分が坊の事を好きだと言う事。

じゃ、その気持ちに従ってしまえば今の、いや 
 の未来が消えてしまう。

ましてや自分飛ぼうでは、立場が全く違うのだ。

こっちは志摩家の五男坊で、あっちは長男で後取り。

結ばれないのは、目に見えていた。

それ以前に男と言うものがあった。

「また考えてるんだ」

どうしようと考え、諦めようとした。

「悩める男の子だからねー」

どうも出来なかった。

嘘を得意な自分が自分自身に全く嘘が付けなかった。

「キモッ」

「キモッて酷いわー」

考えなんて一つも浮かびもしなかった。

「最近どうなん?」

「どうって、特にこれと言って無いなー」

相談するにも、子猫さんには言いにくい。

相談は誰にも出来ず過ぎて行った。

どうにも出来なくて、イライラしてしょうが無かった。

「有難な」

「いきなりどうした」

「あん時相談のってくれて」

クラスの中で普通に話をしてた一人に相談をしたのだ。

「相談に乗ったけど、答えられなくて御免ね」

「いや、聞いてもろただけで、心が軽うなったから良かったは」

「そっか」

歩き始めた彼女の後ろへ着いて行く。

あの時の決意と思いを、心の奥へ押し込めて自分へ嘘をつく。

笑顔を作ろう、嘘をつく、建前で人と壁を作ろう。





勝呂は、パッと空を見上げると青く澄み渡っている。

夏休みはずっと一緒に過ごしていたのに、と思いを馳せれば懐かしく悲しくなっていく。

ツウッと流れる汗は、服を濡らし不快感が増す。

「暑い」

任務と言う名の雑用をこなす。

「坊休みましょー」

「後少しや、頑張れ」

汗をダラダラと流し、雑用、任務にラストスパートをかける。

志摩はそれに従う様にゆっくりとだが、スピードを上げ任務を片付けていく。

「坊、これ終わったらアイス奢って下さいー」

「寮の冷蔵庫の中にある」

アイス、愛すと言いながらスピードをまた挙げた志摩を見、現金なやつだと心の中で笑った。

遠くから聞こえてくる志摩の嫌いな虫の声を聞きながら作業を進める。





「何でクーラーがあらへんの」

棒アイスを口に含んではいるが、全くと言っていいほど涼しくならない。

任務が終わり、寮へ戻れば自分に当てられた部屋に入れば外と変わらない、いやそれ以上に暑い。

窓を開けたって、風が全く入ってこない。

「う゛ー」

「煩いねん。暑いなら涼しい事でも考えたらええやろ」

アイスは溶けていく。

「垂れてきよったぁ」

溶けたアイスが手に落ちる前に雫を舐める。

志摩はそれを繰り返しながら、アイスを食べて行く。

「あー、後でシャワー浴びに行こ」

うだうだと揺れるピンク色の頭を見つめる。

何でピンクに染めたのかとか傷は大丈夫なのだかと考えて居れば、耳朶へと目が止まった。

何も無いと思って見た、耳朶にはピアスの穴を開けた痕があった。

「志摩、ピアス付けんのか?」

動いていた頭はピタリと止まり、何かに怯えたように見つめてくる。

「いきなり何です、坊」

何時もの様に笑う志摩は、怯えを隠しきれずにいる。

「ピアスの穴があるからや。穴があるんにどないしてピアス付けんのか?」

アイスを持って居ない手で耳朶へ手を持って行き、穴を確かめるように撫でる。

「もう閉じてしもてきますし、付けなくてもええやかなぇ思て」

先程まであっていた目をアイスへと落とし喋る。

「手入れしてへんかったんか」

「ええ」

耳朶を撫でていた手は、力なく外れ床の上へ落ち汗が出ている手はペタリと音を立てる。

「お前やったら女の子にもてるから付けるとか言って、付けそうなのにな」

「ははっ」

困ったように笑う志摩を見つめる。

自分で言った事に傷ついている自分が居る。

「何でや?不思議でならんのや」

「え、あー付けてみたら似合っとらんかったんです」

「嘘やろ」

幼馴染だから分かったのだろうか

「嘘やないですって」

「似合うの見つけてとか、お前はするやろ」

前の事を思い出せば、今腕に付けて居る数珠を自分が気に入るまで、ずっと探しまわって見つけた物だ。

「それは…今回は見つからんかったんです」

志摩らしくない嘘に笑ってしまいそうになる。

くつくつと喉を鳴らしていれば、ビクリと体を震わせながら身構える。

「何ですか坊。悪人みたいに笑って」

「可愛らしいなぁ、思ってなぁ」

引き攣った笑顔を真っ赤にさせ、口をハクハクさせる。

「男に可愛い言わんといて下さい」

「そんな所も可愛えは。やっぱお前の事好きやわ」

「は?」

志摩は、突然の言葉に動きを完全に動きを止める。

「好きや、志摩」

少し離れた場所に居る志摩へ近づき、再度口を開く。

「前から好きや」

「冗談は、止めて下さい」

「冗談や無い、本気や」

近づいた俺から離れようとするが、部屋が狭い為離れられない。

「俺、をからかわんと居て下さい」

「からかっとらん」

どうしても逃げようとする志摩を、抱き込み囁く。

「好きなんやずっと前から。お前が女好きで、こんな事言うたら避けられんのはわかっとる。でもな、もう我慢できんのや…」

一言に思いを込めて。

「廉造好きや」

「っ!」

腕の中で抵抗する。

「そないな、事…言わんといて下さい…。今までの苦労がパァやないですか」

「何がや」

「あーもーっ。自分の気持ちをどんだけ隠ん苦労したか…。最悪や、ほんま坊は変態やわ」

下を向いていた志摩は、バッと上を向き目を合わせる。

「どんだけ悩んで、自分の立場やとか考えたと思ってはるんですか。そないやのに、そないやのに…」

志摩はどこか嬉しそうに話す。

「俺かて坊の事、好きなんに」

「ほんなら両想いやな」

「たくっ、坊への思いを忘れよう、忘れよう思っとった俺があほみたいやないですか」

「そりゃ、お前らしいな。女と寝て俺への思い忘れようとしたんか」

図星なのか合わせて居た視線を外す。

「ほか。なら、ピアスは何でなん?」

「そっれは…恥ずかしいやんか」

「いいから、言いや」

言うのがはずかしいのか、下を向いたまま耳朶を触る。

「ピアスは初めお洒落の為に開けたんですけど、何がピアス見る度坊が近くに居る様な気がしてならんのです」

「馬鹿やなぁ。そないなら…」

耳朶を撫で、穴を探り穴を確かめ、棚の中からある物を探す。

「えっ?何するんです?」

「穴あけ直すんや」

まだ使って無いピアニッサーを取り出し、志摩の前にさらす。

「俺のやつやるわ」

下準備をした耳朶に針を突き立てる。

バツンと肉を突き抜ける音が夏の暑いジメジメした部屋に響き渡る。