帰る場所  



まだ外は薄暗く、鳥の囀り羽ばたき、虫の音が静かな学園へと通り抜ける。

その中生徒達は気配を消し、早朝の準備をし始める。

「はっちゃん、お早う」

太陽は昇りはじめたばかり。

「お早う」

竹谷八左ヱ門は寝巻のまま水を汲み入れ、顔を洗っている。

「今日はやけに早いな」

「動物達の餌やりをしようと思ってな」

そう返してくる八谷に、尾浜勘右衛門は飽きれる。

「今日は八左の当番じゃないでしょ」

使い終わった水を流し捨て、腕まくりしていた寝巻を下ろす。

「まぁ、俺の当番じゃないけど今日は一年だからな。起きて来れるか分からんし、来れたとしても毒虫を怖がって近寄れなかったり、逃がしたりするかもしれないからな」

顔を洗い始めた尾浜を待つ。

「だからお前は甘いって言われんだよ」

「ははっ」

言い返せないよと苦笑する。

「お前らしいっちゃ、お前らしいな」

五年生の長屋へ戻れば、他の生徒達も行動し始めたのか、物音が聞こえている。

「竹谷先輩!」

「おー、お早う」

自分の部屋の前で生物委員会の一年生が立って居る。

「お前らどうしたんだ?」

「毒虫が怖いので、竹谷先輩にお手伝い頂けないかと思って」

「わかった。着替えるからちょっと待ってろ」

甘いねぇと後ろから聞こえてきたが、無視し部屋に入り着替える。





「おーい、竹谷」

声がした長屋の方へ駆けよれば、食満留三郎が立ってこちらに向かい呼んでいる。

「何でしょうか、食満先輩」

片手に毒虫を捕まえる箸を持ちながら聞く。

「この前作っていた小屋どうなったんだ?」

「食満先輩のアドバイス通り作ったら、結構頑丈なのが出来ましたよ。有難うございます。」

深く頭を下げる。

「少しは手伝ってもらうって事をしれ。じゃないと、倒れるぞ」

「いやーそれなら、先輩の方が倒れそうですけどね」

竹谷の一言に頭を捻る食満は分からないという顔で見つめている。

「いっつも善法寺伊作先輩に巻き込まれて大丈夫なんですか?」

「ん〜、まぁ…な」

「聞きましたよ、伊作先輩と与四朗さんに告白されたんですって」

ニヤニヤしながら聞いてみれば、食満は顔を真っ赤にしどもりだす。

「あー食満先輩顔が赤いー」

「こら、三治郎、虎若、孫次郎、先輩をからかうな」

「お前が原因だろうが!」

ゴンッと竹谷の頭を殴る食満は、未だに顔を赤くしながら言葉を紡ぐ。

「たくっ、孫兵が引いているだろうが」

「あー…」

悪びれた様に頭を掻く。

そんな竹谷を見て、何か思いついたのか食満は口を開く。

「久々知とは、どうなんだ?」

「いやー、それが…」

困った様に笑う竹谷は、悲しそうな雰囲気が出てくる。

「竹谷先輩、久々知先輩と何かあったんですか?」

「まぁなぁ」

言葉を濁すさまを不思議そうに眺めてくる一年生達の頭を一人一人撫でて行く。

「すまないな」

「大丈夫ですよ」

「八ー!!」

「八左!」

「竹谷!」

遠くとは言えな程の距離から聞こえてきた、級友の声に気が付く。

「呼ばれてるぞ」

「ちょっとこいつら見てて貰えませんかね?」

一つ返事で返してくれた食満は、一年生達と明るく笑い合っている。

「何処に居るんだー!」

いらついた声に笑いながら歩いていく。

「今行くーー!」





ざぁざぁと風に揺れる葉の音に支配された森は、物騒な雰囲気に包まれている。

「鉢屋がこの巻物を頼む。お前なら逃げ切れるだろう。」

闇に紛れて居るが気配は全く掴めない。

「雷蔵は前衛で鉢屋を頼む。迷うなよ」

「さすがにこんな状況で迷いはしないよ」

クスクスと笑い合う声は、誰かが聞けば背中を戦かせる様な物だ。

「勘右衛門後衛を頼む」

「りょーかい」

この場に似合わない明るい声は、何処か虚しさを強くさせた。

「竹谷わかってるよな」

「おう」

緩い声は何処か楽しそうに聞こえる。

「森となるとお前とは、戦いたくないわ」

「そりゃどうも、鉢屋君」

シリアスな雰囲気で有るのに、この五人は何処か、

「巻物を頼むぞ」

「またな」

「あぁ、またな」

四人は竹谷に背中を向け、走り出す。

フィッと短く鳴らされた口笛と共に、一匹の鷹が四人について行く。

「………」

気配を消し去り、鷹が帰ってくるのを待つ。

闇に溶け込む、溶け込む。

『何処まで行った!』

さぁ、始まりだ

甲高く長い口笛が闇に染まりきった森へ響き渡る。

「行け」

苦無を持つ手は、赤く染まる、染まる。

グルル…とすり寄ってくる狼を撫でる。

血で濡れた手は、狼の灰色の毛並みを汚していく。

あぁ、早くあの子達の笑顔がみたい。

そして、あの純粋な目で何を見て居るか一緒にみたい。

願わくば、あの綺麗で白い手を握って、





大切にしたいんだ。

どんなに甘いと言われても。

知っているからこそ。

お前達を大切にしたいんだ。

その笑顔が支えとなるんだ。